2018年05月16日 7:00 

【歴史】戦国時代に加賀一向一揆の拠点となった「木越山光徳寺」

木越団地にほど近い県道200号千田町交差点の近くに、戦国時代、加賀の守護・富樫政親を攻め滅ぼした一向一揆の大坊主として活躍した木越山光徳寺の跡があります。その横には八坂神社の森が見えます。

同寺は、鎌倉時代に加賀の守護・富樫仏誓の孫の宗性が木越に創建したと伝えられています。それから約200年後の戦国時代に、光徳寺の第七代・現道が一揆の指導者として富樫氏を滅ぼすのですから、歴史の皮肉を感じます。その後、光徳寺は織田信長方の兵によって陥落し、鳳至郡黒島(現輪島市)に逃れた後、加賀藩主・前田利家の命により七尾市馬出町(現在地)に移りました。

スポット情報

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木越山光徳寺跡 ( きごしざんこうとくじあと )

住所:
〒920-0204
金沢市千田町イ-35
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