2022年06月09日 18:00
本多町1丁目から石引4丁目に上がる「嫁坂」は、江戸時代初期に、坂の上に住んでいた加賀藩の重臣・篠原出羽守が、娘を本庄主馬に嫁がせる時につけた坂道なのでこの名がついたそうです。
崖の下に嫁いだ娘といつでもすぐに行き来できるようにという親心からだったのでしょう。
それにしても、自分の一存で道をつけることができた篠原出羽守はどんな人物だったのか。加賀藩祖・前田利家が金沢城の石垣工事が思うようにいかないため、上方から石垣工事の指揮官として招いたのが篠原出羽守でした。期待どおりの働きをした篠原出羽守は、そのまま築城奉行として召し抱えられ、藩の重臣となりました。
現在の「出羽町」の町名は、篠原出羽守がこのあたりに住んでいたことから生まれています。
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